「あの日にドライブ」荻原浩

 自分の今までの人生のさまざまな分岐点をたどりながら、あの時あっちの道を選択していればどうなっていただろう…という思いは誰もがもちながら生きている。そんな「たら、れば」のシミュレーションをしたくなるのは、心が弱くなっているとき。
 上司とのトラブルで銀行をやめさせられ、食いつなぐためにタクシー運転手を始めた43歳の主人公。銀行にも不平満々、「仮の生活」の今にも当然やる気を見いだせないでいる。学生時代に付き合っていた彼女と結婚していたら…、銀行などという学校の延長みたいながんじがらめの仕事ではなく、ずっとやりたかった出版の仕事についていたら…という、青春の忘れもののような感情を確認していこうとする。最近のお笑いのジャンルにもある「妄想劇場」がエスカレートしていくのが笑える。
 でも、現実はそう甘やかなことばかりではない。出版社は…になり、彼女は…になり。
 それを確認して、少しだけ前に進む決心が固まりそうなエンディング。
 
 題材は決して明るくはないのに、作者の軽妙で洒脱な文体、ニタッとさせられる上質なユーモアで読み進めることができた。

あの日にドライブ

あの日にドライブ

作者は、若年性アルツハイマーを扱い、映画にもなった「明日の記憶」を書いた人。